柑橘系備忘録

いつまでも自分勝手ね

終止符

 

先日某記事を書いたとは思えないぐらいの早さで私と「担当」という言葉の対決に終止符が打たれた。今考えるとあの時点で私は「担当」という言葉とそれに対して感じた重さを咀嚼しかけてたのかもしれない。

 

前々から私の中にある辞書の「担当」の説明文に何と書くのかについて考えていて、4日前の記事を書いてからはツイッター見る度に悩んでいた。それをツイートしたのが今日の5:09そして私の中でこれだー!と思った言葉が見つかったのが5:24、実に早い解決である。

 

 

ツイートを貼った通り、私の「担当」という言葉の意味は「自然と私の視界にいる人」です!

この間フォロワーさんにどうして〇〇くんにしたんですか?と言われた時に「DVDとかを見ていてもいつの間にか〇〇さんばっか見てて、他の人を見ようと思っても見てるんです」と答えた(正確には覚えてない)これがもう結論だったのであろう。私自身の思考をまとめるために編集画面を開いているがやっぱりこれがしっくりくる。自身ことを考えるのは苦手だと思っていたけどこれだ!と思う言葉が見つけられてよかった。こうして私vs私の「担当」意味戦争に終止符が打たれたのである。長いようで短いような戦いであった。

 

何かを見ている時に自然と自分の視界にあなたを入れていて、どうしたって好きで見てしまう人。こうして文字にすると気恥ずかしい気もするがこれでいい、これがいいのだ。